グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



一点だけ



朝の通勤時間を読書タイムにあてている。

「朝の満員電車。正直言って嫌。でも私にとっては読書ができる貴重な時間なのよ。大切な時間なのよ。は~楽しい!」と憂鬱にもなり得る満員電車を「楽しい時間」へと変身させている。短い時間ではあるが、出産後なかなか読書時間を確保できていなかった私にとって、少しずつ少しずつ一冊の本を読み進めていくのが毎日の楽しみである。

直近で読んだ作品だと、瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』(おもしろい作品でした)、パウロ・コエーリョの『アルケミスト 夢を旅した少年』(10年ぶりに読み返してみました)、宮口幸治さんの『ケーキの切れない非行少年たち』(最近話題ですよね)などなど。

特に読む作品に傾向があるわけでもなく、書店に立ち寄り「なんとな~く気になった作品」を購入して読み進めている。


ここ最近で一番影響を受けた作品が近藤麻理恵さんの『人生がときめく片付けの魔法(サンマーク出版)』だ。10年以上前に発売されたにも関わらず、今更ながら読んでみた。
(私も最近知ったのですが、実は近藤麻理恵さん、啓明館の卒業生なんです(驚)!)

幼稚園の年長からオレンジページやESSE等の主婦雑誌を読みあさり、15歳から本格的に掃除の研究を始めた「こんまり」こと近藤麻理恵さん。その経験から導き出した最も良い片付けの順番・洋服の畳み方・思い出の品の対処法等、事細かに綴られている。

どんなに細かいことが書かれてあっても何故だかとても読みやすい。その理由は「ときめくかどうか」を基準に物を捨てていくという明白なルールを提示してくれているから。「それだけを基準にすればいいんだ~!」と思えたことで、なんだか肩の荷がおりてすいすい掃除を進めていくことができた。

もっと言ってしまうと、この作品を読んで1か月ほどが経過した今、はっきりと覚えていることは【「ときめくかどうかを基準にすればいいんだ!」】という一点のみ。一点しか覚えていないのに、以前に比べて少し掃除が得意になった気になれている。(こんまりさん、ごめんなさい…笑)
でも、「一点しか心に残っていないのに、掃除が少し得意になった」というこの事実が、教師である私にとって不思議な自信となった。


授業をしていると、伝えたいこと・教えたいことがたくさん出てくる。でもそれをすべて理解させよう、覚えさせようというのは教師の性(さが)であり、教師のエゴでもあると思う(実際、私も何かしらの講義を受けても「自分の知識」として持ち帰れるものって一部だもんな。大人でもそうなんだから、子どもであるならなおさらだ。自分にできないことを子どもに要求してはならない)。

もちろん最終的には多くの知識を身につけてもらい受験に向かわせていく必要があるのだが、一回一回の授業では「必ず生徒に覚えてもらう一点!」を自身の中で明白にして、教壇に立ちたいと感じた。

まずはたった一つでもいいから、「わかった!」「できた!」というワクワクやトキメキを感じてもらう。

そしてワクワクやトキメキのある授業を通して、生徒の「わかった!」を増やし、「得意になってきた気がする!」と感じてもらい、最終的には「好きかも!」「好き!」と思って欲しいのだ。




そうそう、話は変わるが、先日2年生の保護者会で「親が読書をしないと、子供も読書をしません。ぜひポーズだけでもいいので本を読んでいる姿を見せてください。」とお願いをした。

自分のことを振り返ってみると…

絵本の読み聞かせはしているものの、自分が読書をしている姿は見せていないな~。保育園のお迎え後に帰宅をして、バタバタとご飯の用意をして、バタバタバタバタと何がなんだかよくわからない内に遅い時間になり、そして息子の寝かしつけをしながら自分も寝てしまうことがしばしば。

保護者の皆さまにお願いをしているだけではダメですね。

私も朝の通勤電車に限らず、家での読書タイムを確保することをここに誓います!
(小声:せめてポーズだけでも…)


皆様、一緒に頑張りましょう!