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ホーム > 塾長 後藤卓也のつぶやき > ドラマから学ぶ・親子で学ぶ

ドラマから学ぶ・親子で学ぶ



在宅勤務に家事育児、「巣ごもり」は親もストレス

みなさんはこの数か月間、いかがお過ごしでしたか。新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛期間中、世間では「巣ごもり」がトレンドワードとやらになっていたそうですが、受験生のご両親は、在宅勤務をしながら家事や育児に追われ、ときには塾のZoom授業の視聴環境を整えたり、小学校の大量の宿題に四苦八苦したり……。おまけに会社帰りの同僚との一杯も、ママ友とのランチの時間も奪われ、ウイルスよりもストレスとの闘いのほうが大変だったのではないでしょうか。

私は普通に週6日通勤でしたが、塾の授業がオンラインになったこともあり、比較的早い時間に帰宅する日が増えました。これまで30年近く、帰宅して入浴・夕食を終えて、仕事机に向かうのが午前0時という毎日だったのが、週3日くらいは、夜9時頃から「さて、寝るまで何をしよう」という時間を持てるようになったのです。これは、塾の仕事に就いてから初めての、私の人生においては画期的な出来事でした。

普段、私は電車の中でも風呂の中でも本を読むし、よい本に巡り合うと、夜中の3時、4時までかかっても読み終えます。それだけ本好きなら、さぞかし読書三昧の夜を楽しんだのだろうと思われるでしょうが、実はまったくといってよいほど読めませんでした。読みかけの本があっても、「これは明日の通勤時用」とか自分に言い訳(?)をして、ドラマや映画やアニメばかり見ていました。

巣ごもり用に多くの名作がネット配信されたせいなのか。いや、私自身は巣ごもりではなかったけれど、仕事帰りにちょっと一杯とか、休日はサウナとかいった気分転換の機会がなく、ほぼ寝たきりの母のために夜はテイクアウトで一緒に食事、週1回の休日は買い物や家事という日々。やはり、ストレスがたまっていたのでしょう。そういう状態では活字が全然頭に入ってこないのです。

中1の課題に「JIN―仁―」再放送見た感想文

先日、塾の小学校低学年の保護者を対象に「巣ごもり期間中の家庭内の様子」についてアンケート調査をしました。その結果は別の機会に報告したいと思いますが、その中にA君(小2)のお母さんからの回答として興味深い返信がありました。

A君のほほ笑ましい振る舞いも語られていましたが、長文の返信の大半は、私たちの塾をこの春卒業して私立のS中学校に進学したA君のお兄さんの話です。S中では休校期間中、実にさまざまな課題が出されていて、そのうちの一つが再放送されたTBS系テレビドラマ「JIN―仁―」再編集版(3時間×6日間)を見て、毎回翌日にチャットで担任に感想を伝える、というものだったというのです。

「JIN―仁―」は、現代の脳外科医・南方仁(みなかたじん)が幕末の江戸にタイムスリップするというストーリーで、TBS「日曜劇場」として2009年の初回放映時から、高い視聴率を誇った人気ドラマです。「中1の長男がお菓子を準備し、部屋を真っ暗にして映画館のような空間を作り、『仁』の世界に2人で没頭しました。今まで一緒にテレビを見る時間も映画に行く時間も取れなかったので、本当に楽しいひとときでした」と、お母さんは振り返ります。

A君のお兄さんは勉強が苦手で、自己肯定感も乏しく、ご両親はずいぶん苦労されたようです。それが最後の最後に「ジャイアントキリング」ともいうべき大番狂わせで難関のS中に合格。その中学の課題として、18時間の「巣ごもりテレビアワー」はA君兄とお母さんへのご褒美だったのでしょう。

幕末の人物から江戸の風俗、命の尊厳まで学ぶ

でも、話のポイントはそこではありません。「JIN-仁-」は確かに傑作ですが、それを新中1生の課題に選び、毎週ドラマの内容についてリポートを書かせるというS中の決断に、私は驚かされました。

「JIN-仁-」の準主役・野風(のかぜ)は江戸・吉原の花魁(おいらん)で、ドラマには吉原の情景や、遊女が梅毒で死んでいくシーンも登場します。そもそも「吉原ってなに?」という質問からして、中1生相手にうまく答えられるものではありません。それとも今どきの子供にとって、この程度のことはジョーシキなのでしょうか(まさかね)。少なくとも、学校がこのドラマを課題として推奨するのは、なかなか勇気が要ることだと思います。

S中の休校期間中の課題は本当に盛りだくさんで、ほかにも例えば理科の観察リポートが毎週、生物2本と地学1本。離弁花と合弁花を採集したり、いろいろな岩石を拾いに行ったりするという内容です。また、2週間に1回は料理を作って、その写真と家族全員の試食の感想を添えて提出する。とにかく「実物に触れる」「実際にやってみる」、そして「リポートを書く」ことを重視する学校です。

中1生が知るには早すぎる内容や、理解できない部分も多々あるでしょうが、「JIN-仁-」は確かに面白いし、学ぶところも多く、心を打たれる作品です(ちなみに初回放映時のドラマはもちろん、原作のマンガも連載中ずっと読んでいました)。江戸末期の激動の歴史に登場する個性豊かな人物たち。当時の風俗や人々の生活。医学や流行病の歴史、その中で抗生物質の発見がどれだけ画期的なものであったのか。そして命の尊厳、人間の弱さと強さ、あらがえない運命など。フィクションではあるけれど、描かれている内容の多くは、歴史上の事実だし、我々が避けて通ることのできない現実です。

休校期間中、ほとんどの学校で、「いろんな本を読もう」ということで、読書感想文が課題として出されたでしょうが、果たしてこの数か月間に「よ~し、いっぱい本を読むぞ~」という気持ちになった中学1年生がどれだけいたでしょうか。受験が終わったら友だちと一緒に遊園地、春休みは家族でグアム、なんて胸を躍らせていたのが、蓋を開けてみたら想像もしなかった「巣ごもり生活」。本を読むための、能動的な精神的エネルギーをかき立てるのは至難の業でしょう。

こういう時は、受動的に自分を別の世界に引き込んでくれるドラマや映画のほうが心に染み込むのです(たぶん)。今の映像技術の進歩、与えられる情報量の多さ、そして視聴者の心に与えるインパクトの大きさ。本を読む気になれなかったら、映画やドラマにも素晴らしい作品はたくさんある。そのかわりちゃんと見て、短いチャットでいいから感想を書こう。

「親子で一緒に見て、たくさん会話してほしかった」

A君のお母さんによると、「JIN-仁-」の再放送翌日には、課題の仕掛け人であるS中学のI先生から、「今回のポイントは『欲』と『器』だったと思います。皆さんの『器』はどんな大きさで、何を入れられるでしょうか」といった長文のメールが届いたそうです。そんなふうにドラマを振り返って感想を書くためのヒントをくれる一方で、「先週の放送の感想がもう続々と届いています」と子供たちにプレッシャーも加える。本当によく考えられた課題だと思います。

実はA君のお母さんから詳細なレポートをいただいた上に、私は仕掛け人のI先生にZoomで画面越しにインタビューをすることもできました。

「我が家ではテレビは見ません」といった教育方針のご家庭もあるので、「JIN-仁-」の課題は「宿題」ではなく「強く推奨」にとどめたそうですが、ほぼ生徒全員から感想が届いたとのこと。「(主人公の)仁がコロリ(現在の感染症コレラ)にかかったとき、祈るような気持ちで見ていました」という素直な反応や、「当たり前のことが当たり前じゃないことに気付かされた」という、ちょっと成長を感じさせる感想、さらには「ドラマのレシピ通りに、母と2人であんドーナツを作りました。こんなにおいしいのに栄養があって病気が治る(ドラマでは玄米ベースで作り、脚気(かっけ)の治療に使われた)なんてスゴいです」という写真付きのリポートも届いたそうです。

私が想像していた通り、I先生によると、「親子でいっしょに見て、たくさん会話をしてほしい」というのが一番の願いだったそうです。そして、保護者からの感想も「親のほうがハマりました」「こんなにたくさん息子と話をしたのは久しぶりです」「父親が医師なのですが、初めて医師という仕事について親子で真剣に話をしました」というように、まさに狙い通りだったと、I先生はとてもうれしそうに笑顔で話してくださいました。

休校期間中、毎日何時間もZoomで時間割通りのオンライン授業を続けてきた私学の先生方には脱帽するしかありません。でも、こうしためったにない「巣ごもり」の時だったからこそ、親子ですてきなテレビドラマを見て、語り合い、一緒に涙を流すという貴重な体験ができた。そうした課題には、その私学の教育理念がはっきり感じられる素晴らしいメッセージも込められていると思います。

きっと他の私学でも、それぞれの校風を反映した、ユニークな「巣ごもり課題」が出されていたのでしょう。新型コロナウイルス流行の事態が落ち着いたら、少しでも多くの学校を訪問し、その時の様子を皆さんに紹介したいと思っています。
(中学受験サポート2020年7月)