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ホーム > 塾長 後藤卓也のつぶやき > IT頼らぬ力 育成を

IT頼らぬ力 育成を



「主体的学び」のあり方

「主体的・対話的で深い学び」という言葉をよく耳にする。アクティブ・ラーニングに、より広い意味を含ませようと文科省が言い出した言葉だ。

主体的に深く学ぶことに何の異論もない。ただ、多くの学校で情報通信技術(ICT)とセットにされ、タブレットでインターネットを検索し、プレゼン資料を作る授業が、自ら課題を発見し、問題を解決する学習だといわれると疑問符が浮かぶ。

半世紀近く前、私が中学生だった頃は、公立図書館に足を運んで膨大な資料を書き写し、それを表やグラフにまとめて発表する授業を受けていた。必要な書籍を探し回り、電卓を使わずに統計データを処理し、コンパスや定規でグラフを描く。そんな苦労は時代遅れで不要なのだろうか。

「人工知能(AI)の発達で、現在ある職業の半数は不要になる」という論文が引用され、ただ指示されて学習するのはロボットと同じだから、AIやロボットとは違う、人間にしかできない学びや生き方がこれからは必要なのだと語られる。確かに、データからグラフを作るのは表計算ソフトの方がはるかに便利だ。しかし中学生のうちから、ネットなしでは情報収集もできず、パソコンなしでは統計処理もできない怠惰な知性を育てて、本当に大丈夫なのだろうか。

プロ野球のナイターやテレビの放送時間まで自粛を迫られたのは、つい7年前のことだ。今年も台風の影響で電力供給が滞り、オール電化された日常生活は破綻の危機にひんした。電力がなければ、AIもロボットも作れないし、動かない。

「人間にしかできないこと」とは、インフラが未整備な発展途上の地やエネルギー供給が破綻した近未来の世界でも、未知の課題に直面しながら、自分の身体と知性と意思疎通能力を活かし、互いに力を合わせて生き抜いていくたくましさではないのか。

そうしたたくましさを培う「主体的・対話的な深い学び」が、推進されることを真に願いたい。
(日経新聞2018年11月)